YASUDAとの思い出

 
この前の記事、たくさんの方に見て頂けたようで…ほんとうにYASUDAはたくさんの方に愛されてたんだなと思いました。
数々の哀悼の意を寄せてくださった皆さん、ありがとうございます。

彼のためにも今思いだせる分だけYASUDAとの思い出を書き綴っていこうと思います。
あんま重苦しく書くと天国のYASUDAになんか言われそうなので、普通に思い出話を語るみたいな感じで…。


俺とYASUDAは2008年…18歳の時漫画専門学校で一緒のクラスでした。
最初はほとんどお互い話さなかったですね、席もかなり離れてて。大体最初は席が近い同士とかで仲良くなってったので。

で…少し経ってから、『登校をテーマに2Pの漫画を描く』って課題が出されたんです。
恥ずかしながらも俺は中学生の頃から漫画を描いてきてたので、自惚れてました。
クラスの男子で一番漫画上手いんじゃね…?とか思ってました。

が、YASUDAの2P漫画原稿をチラッっと見てその幻想は打ち砕かれました。
初めて描いた漫画なのに何から何まで上手いんですよあいつ!!
絵とか構図とかコマ割は勿論、ネタもすげー面白かったです。たった2Pで面白い漫画描けるって相当です。

心の中で敗北を認めました。(戦ってすらいないけど)
声を掛けたのは俺からでしたね。
「君漫画上手いなあ!!」みたいな感じで。

話しかけてからはほんとすぐ仲良くなった気がします。数日でお互いの絵にダメ出しをするようになってました。
今思えば、お互いの絵にダメ出しできる友達って…良いもんでしたね。
けして悪いとは言わないのですが漫画専門学校の生徒ってのはほとんどがお互いの漫画を褒めあうしかしなくて、
とにかく悪いところを指摘してくれるYASUDAの存在は凄く嬉しかったです。
ただひねくれてただけかもしれませんが!

それからまた数日かしてYASUDAの家にパソコンとネット環境が開通して、
すぐに俺が元々仲の良かった藤岡とき先生をYASUDAに紹介しました。(当時は先生じゃないけど)
彼に2chネタやら東方やらニコニコやらを教えて…デジタルでの絵の描き方を教えて…。

YASUDAはマジで飲み込みと成長が早くて…pixivの彼の投稿してきた絵を見れば分かると思いますが、
どんどん技術を吸収していきました。元々基礎画力は高かったのがどんどん上手くなっていきました。
成長の見込みがなくて焦る俺。

そして早くも1年夏、俺がコミケサークル参加デビュー!
そこでYASUDAにも東方4コマで数ページゲストを書いてもらいました。
思えばこれがYASUDAの同人デビューでしたね。(俺は高校生の頃にゲストで描いてた)

秋には二人の合同サークルで新潟の東方同人イベントにこっそり参加したりしてました。
冬コミにも合同サークルで申し込んでたけど落ちた!

で、まあ漫画専門学校ですから
俺もYASUDAもバイトしつつ同人活動しつつ、オリジナルの漫画を持ち込みやら新人賞に投稿やらしてました。
冬に俺がまさかの奨励賞受賞を果たして…そしたらすぐさまYASUDAも賞をとって…と、
お互い卒業してからは描くジャンルが変わっていきましたが、学生時代は良いライバル関係を築けてたなあと思います。

正直YASUDAがいなかったら俺漫画家になれてなかったと思います。地元でフリーターしてたかもしれませんね…。
それくらい俺の中でYASUDAはでかい存在で、常に目標でした。彼がいたからこそ負けないようにがんばろうと思いました。

あと今のYASUDAを知ってる人からしたら信じられないかもしれませんが
YASUDAは最初は女っ気なしのギャグ漫画ばかり描いてたんですよ!
当然持ち込みで女っ気がない少年漫画はダメとか言われたらしく…3作目?あたりでは
いきなりエロ推しの萌え4コマを描いてました。吹っ切れすぎだろ!!

そして早いことに入学から1年が経ち。
2年生になってからは俺とYASUDA互いに学校の授業をサボりまくってました!!
デジタル作画に移行してたから自宅じゃなきゃ作業できない…という言い訳。

そんなせいもあり、2年次はほんとうに時が経つのが早く感じましたね。
いつの間にか周りにはカップルが何組かできてたような気もしましたが、俺とYASUDAには関係のないことでした。(ホモじゃないよ!)

YASUDAと藤岡ときさんとニコ生とかやりつつまた時が経って…2009年の冬コミ!
この時YASUDAもついにコミケサークル参加デビューでした。
思えば新潟住みなのにガタケの存在すら知らなかった男が1年ちょっとでコミケサークル参加デビューとかすごい早さだ…。
俺もこの時はサークル参加したのですが、初参加のYASUDAの新刊発行部数は俺の4倍でした。
ちなみに去年…2012年冬のコミケの俺とYASUDAの新刊発行部数の差は10倍いjゲフンゲフン
あの時は、みんなで打ち上げして…みんなでときさんの家に泊まって…みんなで初詣もして…楽しかったなあ。

そして専門学校卒業。
俺もYASUDAも就職はしませんでした。
俺は長野の実家に帰ってバイトしつつ商業連載を目指し、YASUDAも新潟の実家で同人誌を出し続けてました。
学校を卒業しほとんど顔を合わせることはなくなっても
ほぼ毎日のようにSkype通話をしてたので寂しさとかは全くなかったですね。
顔を合わせるのはコミケの時だけ。
YASUDAはどんどん同人誌の発行部数が増え、交友関係も増え、商業誌の依頼も来て、
俺は念願の商業連載を獲得して…まあなんだかんだお互い順調だったと思います。

さらに時は経ち去年…2012年。
2010年、2011年とYASUDAとSkype通話以外で関わることは減ってきてたのですが
去年は夏コミで一緒の宿に二泊したり、モバマス合同誌を企画してYASUDAに多大な迷惑をかけてしまったり…。
時間は短いけれど、大きな思い出を作ることができたと思います。

そして去年の冬コミ。
ひょんなことから俺とYASUDA、二人だけでコミケの打ち上げをすることになりました。
YASUDAは普段どちらかと言えば寡黙なのですが…アルコールのせいもあってか数時間ぶっちゃけトークをしまくりました。
そこでこんな話をしました。

俺「来年中を目標に上京しようと思うんだよね…若いうちにできることしときたいし、さちるの連載は終わるけど新しい連載を獲得できたら印税を引越し資金にしt」
YASUDA「あ、俺そろそろ上京するわ」
俺「」

まあ俺は前々から上京したい上京したいとは言ってたんですが、そんなこと今まで一言も言ってなかったYASUDAの突然の上京宣言。俺の立場ねえ。
吸収も成長も早ければ行動も早いYASUDAで今年の2月末に上京しました。

そして先月…5月4日。コミティア前日。
コミティアにサークル参加する予定だった俺はYASUDAの住んでるアパートに泊まりに行きました。
良い部屋だし駅から近いし周辺になんでもあるしとても便利で…夏コミの時も泊まりに行くぞ!と約束をしました。
翌日のコミティアでは、YASUDAも一緒に会場に来て俺のサークルを手伝ってくれて。
その後の打ち上げでは他の専門学校時代の友人達と合流し、色んな話をしました。
最後に「また夏コミで!」と別れて。

6月7日。YASUDAの突然の訃報。
当然、すぐに信じられるわけがありませんでした。
彼は先月会った時元気だったし、持病もなければ煙草も吸わない酒もほとんど飲まない。
その事実を受け入れるには、少し時間がかかりました。


…長くなってしまいましたね。
半分くらいどうでもいい俺の話混じっててごめんなさい!まあ俺とYASUDAとの思い出ということで。
彼との思い出、絶対忘れないように大事にしたいと思います。

YASUDA,あらためてどうか安らかに。
お前の分もがんばって生きるよ。
 
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